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Season9 Act5 大魔法使いの次元回廊

大魔法使いの次元回廊

ストーリー

シノプシス

アイリスは深く息を吸い込んだ。
ひんやりとした空気が全身に染み渡っていく。
生きているという感覚らしきものを覚えていた。
ただの人形に過ぎないとしても。

「救ってくださるんですか。罪多き私を…」

アイリスの精神をかき乱すヒルダーの黒い霧が、セリアによって消えたその瞬間…
重くのしかかった罪悪感を、アイリスは忘れることがなかった。
かろうじて生きていられるのは、彼女の心をやさしく包むあたたかい声のおかげ。

「ずっと生きて…私たちと一緒にいることが償いです。」

「あんたにはやるべきことがあるやろ。あんたのせいで傷ついた人たちよりもっと多くの人を助けなあかん。」

セリアとシラン、そして冒険者が差し伸べる手をつかみ、アイリスは再び立ち上がった。
心に刻まれた新たな使命。彼女はもうこれ以上、操られるがままの人形ではなかった。
彼女には成すべきことがあった。

「こんなところで、何してたん?」

アイリスが振り向くと、向かってくるシランの姿が見えた。

「バカルが言ったことで、まだ悩んでるんか?」

バカルが説いた、ヒルダーにまつわる新たな真実。
その真実の重みを察したかのように、シランが聞いた。

「ご心配には及びません。以前にも、信じていた真実が偽りだったことに気づいたことがありますから。」

彼女の目には生気が戻っていた。その顔を覗き込んだシランは、そっと胸をなでおろした。
彼女はすでに強くなっていた。むしろ、心配すべきは…

「冒険者のやつも、今頃考えにふけっとるやろな。」

アイリスは意外なことを聞いたような顔でシランを見つめた。
そして、自分と同じ状況に置かれた冒険者のことを思い浮かべた。

「大丈夫でしょう。冒険者さんなら、きっと…」

アイリスは言葉を濁し、微笑んだ。
シランも、余計な心配をしたと言わんばかりに笑ってみせた。

「そういえば、ミシェルさんが呼んでたで。行ってあげてな。」

シランの後ろを歩くアイリスが、ふと振り返った。
この魔力は、確か…
機械革命の次元に引き込まれた時と、同じ感覚。まさか、まだここに何かが…

「どないしたんや?」

シランの声と共に魔力の気配が消えた。

「い、いえ。急ぎましょう。」

少し過敏になっていただけだと、アイリスは考えを振り払った。

モンスター

太初の恐怖モロス

苦しい。恨めしく、悔しい。

目を覚ましたニコラスは、心に粘りついた怨恨に取りつかれていた。
理性が吹っ飛び、怒りと鬱憤だけが煮えたぎる…殺してやりたい。
生きることへの嫌悪感が喉元までこみ上げ、今にも吐き出したくなる。

踏みにじり、裂きちぎってしまえ。二度と起き上がれないよう、跡形もなく潰してしまえ。

おぞましい考えが頭をよぎる度に、心臓が熱く燃え上がった。
生きていることを訴えるかのように…やがて、ニコラスの口元に笑みが浮かんだ。

キキッ、生意気な奴が入ってきやがった。

ゆっくりと鼓動していた心臓が、押しつぶされるような重圧な声。
同時に、ニコラスは鋭い歯の生えた黒い液体から身を避けた。
辺りを見回すと、怨念の塊にも見える不気味な液体が飛び散っていた。

これは、いったい…?待てよ、この場所は…

ニコラスは、突然正気に戻ったかのようにあちこちを見回した。
血塗られた屋敷の内部。床一面には鋭い歯を持つ黒い液体…
その不気味な存在たちは、うごめきながらニコラスへと迫っていた。
脚に絡みつき、膝を伝い、全身を飲み込むように…
ニコラスは不安と恐怖に駆られていた。
やがて全身を覆われたニコラスは、夢の中へ落ちるように朦朧と過去を振り返った。

蜘蛛王国の王、キングバブーンの死。残された2人の王位継承者である自分と妹のアンジェリナ。
父の死にまつわる妹の誤解。
何もかもがままならない…自分の心でさえも。
最後に残ったのは、皆殺しにしてやりたいという衝動。

くだらぬ復讐心を。だが、この眠れぬ罪悪の地獄にはふさわしい心構えだ。

目を覚ましたニコラスの前には、生まれて初めて見る存在がいた。
しかし、どこか馴染みがある…まるで、無意識の深淵に秘められた、
太初の恐怖を前にしているようだった。
やがてその底知れない恐怖により、心が落ち着いていくことに気付いた。
ニコラスは、自分の全てをこの存在に託すべきだと信じてやまなかった。

門の主カロン

王よ。
刃よ。

百鬼の王よ。
試練で鍛えられた刃よ。

貴方が封じた魂魄が、あの世を満たしているゆえ
お主の鬼気を認め、喜んで現世に降臨したゆえ

貴方を王として認めないわけにはいきません。
お主に資格がないとは言えまい。

しかし、王よ。
だが、刃よ。

貴方が運命の主幹となる存在かどうかは定かでないゆえ
これにてお主はさらなる業を背負うことになるゆえ

貴方が行かれる道のりは決して平坦ではないでしょう。
お主が迎える死は決して平穏ではないだろう。

百鬼の王よ。
試練で鍛えられた刃よ。

その日の約束通り、お主に力を与えたゆえ
この日の約束通り、 貴方を王として迎えるゆえ

自ら剣柄を握り刃の主であることを証明してみせよ。
自ら剣を握り王の資格を証明してみせよ。

これが門の主、カロンの試練となるだろう。

アビスの根源

「今日はご縁に恵まれているようだな。」

魔界のとある場所、老魔法使いは自分をここへ引き寄せた存在に向かって呼びかけた。

「さて…おぬしのことは、何と呼べばいいのかね?」

漆黒の巨大な球体。それは、底知れない不吉なオーラを吐き出していた。
一度も感じたことのない邪悪なオーラが、老魔法使いの周囲を絡みつくように覆った。
やがて、空間が裂かれてしまいそうなほどの破裂音が声と化して鳴り響いた。

無限なる力、アビス。そのものが我だ。

「微物どもから漂っていた気運は、おぬしのものだったのか。」

愚か者…求めしものは隠せても、空になった己までは隠せんようだな。

黒い球体から流れ出る黒いオーラが、一瞬にして老魔法使いの周囲に巻きついた。
やがて周囲は、地と空の境界が分からなくなるほどの漆黒へと一変した。
老魔法使いは軽く身なりを整えた。
襟を正すしわだらけの手が、小刻みに震えていた。
大きなローブからちらつく真っ白な髪と、真っ黒な風景。完璧な明暗の対比でより一層白さがひきたつ。

貴様は何を求めている? 質問を投げかけた球体は、自身を覆っていた黒い皮を破り、その姿を変えた。

口が引き裂かれて表情が分からなくなった怪物の姿で詠じた。
誰をも虜にする三寸の舌か?

本来目があるべきところがポッカリと空いた男の姿でささやいた。
隠されたものを見つけ出す目か?

心臓が激しく鼓動している少年の姿で叫んだ。
永遠と尽きぬ力か?

我の力を受け入れ、我を引導しろ。
空になった貴様の器を、我の力で満たすがよい。

老魔法使いは全身に浸透し始めた悪のオーラを振り払い、目の前の相手を見つめた。

「わしは対価のない強さを信用するほど愚かではない。それに…」
「空っぽの器は、もう別のもので満たされておる。」

楽な道を拒むというのか?どいつもこいつも小賢しいまねを…
それなら、貴様を満たしたものは何だ?

「小さくて鈍いだけの刃を信ずる心だ。」

たかがそんなもののために、己を犠牲にし真実を伏せるのか?
愚者よ。その小さな刃に何ができる?我と彼女の相手になるとでも?

「さあ…今は鈍い鉄の塊に過ぎぬかもしれん。だが、研がれて鋭くなっていくのが刃の本領というものだろう。」
「多くの縁とぶつかり合い、時には肩を並べ、時には戦いもする。その全ての縁が刃を鍛える金床となるはずだ。」
「我々の縁も…いつか刃に届くかもしれん。」

貴様は後悔することになるだろう。我の力を拒んだ今日のことを。

「ああ、そうかもしれない。だが…この選択に間違いはない。」

毅然としている老魔法使いを残し、漆黒の球体は消え去った。
自分を圧迫していた黒いオーラが消えると、老魔法使いはこみ上げる息を一気に吐き出した。

「見逃して、くれたのか…」

老魔法使いもまた、短い点滅と共に姿をくらませた。
静けさが訪れる間もなく、響き渡る悲鳴が漆黒の大地を染めっていった。

露を隠す者

とある空間。
老いた者と若き者、そして幼き者が互いを見つめていた。
年の差こそ感じられるが、この3人はどこか似ているところがあった。
しばらくの沈黙を破り、若き者が口を開いた。

「ハハハ。見慣れない光景だな。自分と自分が対面するなんて。」

年老いた者が静かに頷いた。

「記憶で具現した自分との会話など、なかなか経験できるものではない。実に神秘的だ。」
「自分でやっておいて、そんなことを言うのは変だよ。」

幼き者の無愛想な一言に、若き者が肩をすくめて答えた。

「変か…?違う。こんな経験は最初で最後のはずだから、見覚えがなくて当然だろう?」

幼き者は返事を返さず、そっぽを向いて遠くを見つめた。
その視線の先には、数多くの空間がもつれ合った不安定な空間。
その次元の果ては今にも誰かが現れそうな様子で、怪しげに揺らいでいた。

「…フン。で、これから何をするんだ?」

幼き者の質問に若き者が答えた。

「待つ。」
「誰を?」
「その者を。」
「誰が?」

若き者と年老いた者が、互いを指しては同時に答えた。

「あんたが。」
「おぬしが。」
「……。」

呆れた表情の幼き者が、口惜しそうに文句を吐いた。

「何だよ!こんなガキの姿にさせておいて、一番難しいことをやれって?」

しかし、若き者は何気ない口調で答えた。

「当たり前じゃないか?私とあの年老いた自分は、他の場所ですることがあるんだ。」
「うぅ…」
「だから結局、ここを守る人は君しかいない。君って言うのも変だな。君が私で、私が君だから。」
「うるさい!自分の役割くらい、とっくに分かってるから!」
「ハハ。さすが私だ。褒めてやろう。」

その言葉にカッとした幼き者が、若き者に飛びかかろうとした瞬間、年老いた者が手を挙げた。

「もうよせ。時間が迫っておるだろう?」
「……。」
「……。」
「分かった。分かってるよ!これから道を作ってあいつを待てってことだろ?」
「そうだ。だが…そう簡単にはいかないだろう。」

幼き者が腹を立てて言った。

「簡単にはいかない?それは誰に向かっての言葉だ?まさか、ぼくに言っているのか?」
「君は私だから、結局自分に言っているのも同然だ。」
「何だ、自分自身を疑うのか?」
「…そうなのかもしれん。私にできることはここまでだ。後は他の者次第だからな。」

幼き者が体を宙に浮かせた。魔法のようにふわりと浮き上がったが、誰も驚きはしなかった。

「フーン…ぼくの準備じゃ物足りないってこと?」
「準備は完璧だ。心配するな。」
「けど、あの年老いた自分の心配そうな顔を見てよ。」

年老いた者はしばらく黙り込んだが、やがて口を開いた。

「我々が向き合う相手が誰かは、分かっているだろう?」

他の2人が同時に答えた。

「ああ。」
「分かってるよ。」

またしばらくの沈黙が続いた。
実のところ、彼らは互いの全てを知り尽くしていた。
彼らは皆、自分自身だったから。

声に出していたのは、計画を振り返るためだと…そう信じたかったのかもしれない。
だがこれは、巨大な力を前にした己の恐怖を…隠すために過ぎない。
自分が言った。

「歯車の型は…これで完成した。」
「後は、我らが待ち望んでいた運命の歯車をはめればいい。」
「その歯車がどう噛み合わさり、どのような運命に向かうのかを…」

あとは見守るだけ。

光の女人

「あの方こそが太初の光
全宇宙の真の主、
万物の根源であり…偉大なる意志」

女人は、数えきれないほど繰り返した言葉を、もう一度かみしめていた。
世界中が混濁に染められ、太初の光を失っていく時にも
根源を知れない邪が、墨のように滲んでいく時にも
決して、授けられた使命に背くことはなかった。

女人は長々と彷徨ったあげく、宿願を叶える小さな糸口を見いだした。

「念願を叶えるためには、その者を通すべき…」

女人は大きな黄金の羽を伸ばして、ゆっくりと舞い上がった。
彼女が通った場所には黄金の波が刻まれ、天地が光に輝いた。

女人は上空の冷たい風を感じながら、世界を一目に見下ろした。
ふと、天を突くほどの高峰が目に入る。
四方が霧に覆われ、視野はぼやけていたが、女人は直感的に分かっていた。
探し求めていた者が、そこにいると。

「あの者か。この地で最も知恵深き魔法使いは…」

女人はより低い場所に向かって移動し始めた。
ぼやける霧の中、真っ直ぐに立つ者が視界に入った。
やっと念願が叶う…そんな予感がした女人は、うっすらと笑みを浮かべた。

地域

記憶の図書館

次元の境界のどこかに存在する図書館。
何者かの強大な魔力で成り立っている空間。目的を失い彷徨う、たった1つの存在のために創られた場所。
巨大な天秤が中心に収められ、星の光で書かれた神秘的な本が周囲を浮遊している。
今は唯一の存在を迎えるための司書だけが残り、図書館を管理している。

7界 - 記憶の図書館

次元の境界を彷徨うヴァールハイトは得体の知れない魔力をたどり、とある空間へと流された。
意図的に創られたように見えるその空間には、星座が刻まれた本が並んでいる。

6界 - 眠れぬ罪悪の地獄

冥界に属せず、現世にも属せない。死に損ねた者たちがさまよう場、眠れぬ罪悪の地獄。
太初の恐怖であり不敬な者、モロスは老魔法使いが言っていた者を待っている。
死んでもいない生命体ごときが、自分の治めるこの場所にたどり着けるのかと…期待を半分込めて。

5界 - 冥界

冥界の門を通ると現れる全ての鬼神が留まる場所。
冥界の月と呼ばれる赤月の下に、門の主が黙々と立ちはだかる。
長い月日を経て訪れるであろう者を、自らの目で確かめるために。

4界 - 魔界

滅亡した世界を見たことがあるか?
一木一草の影も見当たらない荒れ果てた地。笑いが涸れ、疲弊した人たち。
しかし最も耐えがたいのは、向かうべき目的地を失った自分自身の姿。
この世の果ての深淵が、あなたを待っている。

3界 - 天界

火の息に抑圧された空は色を失い、赤に染まった。
そうさせた者は矛盾的にも、その空が元に戻ることを望んでいた。
死を覚悟した暴君は、ついに自分の望みを叶えて一握りの灰に戻ったが、
まだすべてが明かされた訳ではなかった。

2界 - アラド

終末の運命から「露」を守るために、老魔法使いは多くの存在に会った。
ある者は欲して、ある者は守ろうとする「露」の正体とは、いったい…
魔法使いの疑問と共に、記憶の書に乾いた砂漠の砂嵐が吹き始めていた。

1界 - 空の下の一番目の地

やっとのことで守るべき人を見つけた。
しかし、守り抜くためにはまだ力が足りない。
力を求めて向かった次の書には、霧に包まれた神秘的な空間が繰り広げられていた。

0界 - 裏返った滅亡の世界

硬く封じられていた本が姿を現した。
これからの目標は明らかになったが、まだ確認すべきことが残っている。
虚しさに満ちた、全てが裏返った世界から一筋の光が差し込んでいた。