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ベールの中の真実 #2.育つことができなかった子
2024.07.17 16:16
子どもは成長して大人になる。
そして、子どもは大きくなるにつれ、多くの責任を背負うことになる。
次第に背負えないことが多くなり、諦めることが増え、ついには諦めたことすら忘れた瞬間、時間に追われる大人になり果てるのだ。
だが、中には育つことを拒否する者もいる。
忘れず、記憶し、ただ一人で成し遂げようとする者は、育つことのできなかった子どものまま生きていくことになる。
***
「しばらく二人で話させてくれ」
「ですが、親方……」
「大丈夫だ」
「……わかりました」
白雲の谷の某所。
憔悴した様子のクラディスの前に、ルトンが一人、佇んでいた。
二人は無言でお互いを見つめている。
一時は監視者の親方とムの目の祭司長として、共に白海を守護してきた二人だった。
だが、ソリダリスによる侵攻の過程にムの目が介入した釈然としない部分が存在することが明らかになってからは、関係が一変している。
「それで……まだ何も話す気は無いのか?」
悲しみの滲む声色だった。
ルトンとクラディスは元々大して親しい仲では無い。
ルトンは初めて彼に会った時のことを思い浮かべた。
先代の祭司長に会うたびに、その後ろで静かに俯いていた、けれど何故か視線を向けずにはいられない少年。
霧の高原で救助されて、言葉の通り晴煙と白海の皆が親となって育てた少年。
先代の祭司長の跡を継いでクラディスが祭司長になったと聞いた時、ルトンは湧き上がる喜びを感じた。
自分が守り、監視したおかげで、人が一人真っすぐに育ってくれたという事実に誇りすら感じていた。
だが、今……ルトンはその少年が何を考えているのか、推察することすらできなかった。
たった一言で二人の果てしない距離感が表れてしまう、今の時間に居心地の悪さだけを感じていた。
「私はムの目の祭司長です。何の証拠もなく谷に閉じ込めておいて、何を話せというのですか?」
すでに何度も繰り返されてきた話だった。
「君をこうして白雲の谷に呼んだのは、君を守るためでもある」
クラディスもそれは分かっていた。
監視者たちの親方といえども、ムの目の祭司長をいつまでも足止めするには無理がある。
クラディスの不正を明らかにできなければ当然それに見合った責任を負わねばならなかったが、ルトンはその責任を負ってでもクラディスを連れて来たのだ。
「俺は今も君を信じている。君が晴煙と白海を脅かすような選択をするはずがないと」
ルトンは静かにクラディスの隣に立った。
「冒険者一行は暗い島へ向かったらしい。シュムも一緒だろう。間もなく暗い島で何が起きていたのか……報告が入るはずだ」
「……」
「彼らならば、きっと明らかにするだろう。ここ……白海で一体何が起きていたのか。だが、俺は君から先に聞きたいと思っている」
「彼らが暗い島へ向かったならば……なおさら私がお話することはありません」
「君は共に白海を率いていく親方のような存在だと思っていたが……」
「親方……」
クラディスの表情が、一瞬歪んだ。
「……おかしな話ですね」
明らかな嘲笑だった。
「あなたのように虚しい夢を皆に信じさせておきながら何もしない大人のことを親方と呼ぶならば……私は親方などではありません。子どもの我がままと言われても、できることをするのみです」
「クラディス」
クラディスの言葉は止まらなかった。
「白雲の監視者たちは千年にも渡ってあなた方、数多くの親方によって騙され、霧の向こうを切望しながら生きてきました。そしてあなた方は腹立たしいことに、街と白海を守っていると自らに言い聞かせて満足していただけ。その結果……皆、育つことができずに子どものまま死んでいったのです」
「……」
「親方。少なくとも私は……責任を負える選択をしようと思います。私の選択により散った命の分まで」
言葉を吐き出したクラディスの表情は、何かが吹っ切れたようにすっきりしていた。
自分の選択に対する懺悔を終えたかのように。
クラディスの言葉を何度も反芻したルトンは、独り言のようにつぶやいた。
「だが……結局、彼らが現れた」
クラディスの言う通りかもしれなかった。
実の無い話で多くの者たちを騙してきたのかもしれない。
だがルトンは、クラディスとは違って他の仲間たちを信じているからこそ、堂々としていられたのだ。
そうしてついに、霧の向こうから彼らが現れた。
「監視者たちの人生は、彼ら自身が受け入れたものだ。そして彼らもまた、子どもではない」
「本当に無責任な……詭弁ですね」
ルトンを見つめるクラディスの目は鋭かった。
醜く老いさらばえた老人を見る、純粋な子供の目線のように。
「無責任か……そうかもしれんな。だが、クラディス。責任は……分け合うこともできる。君も、一人で全てを背負う必要は無いんだ。君が何をしようと……老生がその責任を共に負おう」
昔同じことを悩んだ者として、ルトンが言葉を紡いだ。
「だから……話してくれ。まだ遅くはない。一体、ベールで霧ノ神の目を塞いで何をしようとしたのか」
応えは無かった。
そこにあるのは、鋭さを増した微笑みだけ。
クラディスの微笑みに、ルトンはすでに多くのことが自分たちの手を離れてしまったことを直感した。
***
「親方、ラルゴが妖怪だったというのは……本当なんですか?」
「祭司長はすでに取り逃しました。それに、この雨は一体……」
冒険者一行が暗い島から谷に戻った時。
クラディスは跡形もなく姿を消していた。
「ベールは……目を塞ぐだけでなく、外から中を見えなくするためのもの。真実を知らぬまま……忘れたまま楽に生きていけるように」
クラディスが最後に残した独り言が、今もルトンの頭の中をぐるぐると回っていた。
「……今は、しっかりと見つめるべき時だろう」
ルトンには時間が無かった。
ラルゴの件も、ルトンは忘れなければならなかった。
老人にとって、誰かの死も裏切りも、忘れないままで耐えられるものではなかった。
ルトンは力を振り絞って巨大な老躯を起こす。
見つめるべきベールの中の真実が、自分に背負えるものであることを祈りながら……