魔界大戦 & ルーン / タリスマン
魔界大戦ストーリー
黒い目のサルポザ (Sarpoza the Black eye)
両目の代わりとなる深淵は黒い月のように意味を持たぬ。
死を思わせる冷たい声は絶望を唱える。
すべてを排除して自らのみを見つめる残酷な男よ。
感情も鼓動も持たぬ最悪の怪物を、誰が解き放ったのだ?
「もう一度」
幼い魔法使いの青黒い顔から、わずかに感じられた血の気さえ失せた。
もう、5回目。ここまで来るとどんなに世間知らずでも、何かが上手くいっていないことに気付くだろう。
ウォーロックの始祖を前にして彼への敬畏を示す歌を歌えという命令が、当初は一世一代のチャンスだと思った。
喜んで声を高め、その黒い目を真っすぐに見つめた。
思い返せば、愚かにも自ら命令を催促していたのだ。
「もう一度、と言ったはずだが」
「申し訳ございません! こ、殺してください!」
おどおどと偽りを告げる声はすでに泣き声と化していた。無表情なサルポザが、短くため息をついた。
「……何故どいつもこいつも殺してくれとばかり言うのだろうか」
黒い目が動く。額づいた幼い魔法使いの鼻先まで近寄って立ち止まった声にも身を斬られている気がした。
サルポザの傍にいたカシュパの重鎮たちは息を殺してその成り行きを見守っていた。
「“死を思わせる冷たい声”か。だからか? 私を見ると死が思い浮かぶから?」
「ち、違います。そうではなくて……」
生きる道を必死に模索していると、開いた口から思ってもみない言葉がどんどん垂れ流しになる。
「ぼ、僕が恐れているのは死ではなくて……サルポザ様です。だ、だって魔界でサルポザ様の名を聞いて震え上がらない者はすでに死んでいる者だけだって言われているんですよ? で、でも直接お会いしたら……死者でさえもサルポザ様のことは恐れるんじゃないかと……」
「死者でさえも?」
「はい、そ、そうです! 死者でさえ……いいえ、死、そのものすらサルポザ様を恐れると思います!」
一瞬、サルポザの黒い目に微かな光が宿った。石膏像のような彼の表情を読むことはできないが、その代わり後に立っていたドッグヘッドがキセルをくわえた唇の端をクッと持ち上げた。
「フフフ、賢い子ね。サルポザ様、私にくださいな。ちょうど首輪もいくつか残ってるし……」
「いや」
一言で全員を黙らせたサルポザが、片手を軽く上げた。
「私がもらおう」
その後に起きたことは、殆どの者が目視できていない。
小さな体を丸めて死の影から逃げようとした幼子は跡形もなく消え去り、いつも肩を怒らせて歩いていた
カシュパの幹部たちですら初めて感じた圧倒的な力の前に、心底震え上がった。
黒い目のサルポザ、ただ彼だけがその場にじっと立って自分の胸元を見下ろしていた。
「博士が言っていたな。例の奴……使徒も殺した英雄だと」
いつの間にかサルポザの傍に寄っていたドッグヘッドが乱れた彼の襟元を直しながら囁いた。
「あの世界では寝ている者の口に槍を刺しただけでも英雄と呼ばれるのですよ」
「1度顔を見てみたいものだ」
「お望みとあれば」
ドッグヘッドはサルポザの気持ちを察し、手に取った槍で円を描いた。魔力が作り出した波長が拡がり、その場にいたすべての組織員と共に
彼女もその姿を消した。静けさに満ちた何もない部屋。その闇の中で新たに降臨する神のための王座だけがその主を待ちわびている。
心臓破滅者ヒカルド (Ricardo, the Heartsbane)
最高の気分だ。
巨大な気運がアビスを覆った瞬間からだった。
引き裂かれた傷は痕跡も無く消え去り、地面にこぼれた血は新しく満たされた。
頭が熱く湧き上がるような気がして、正気が吹き飛びそうだ。
今まで感じたことのない強烈な力! 喜悦! 快楽!
この力さえあれば、もう隠れる必要は無い。
槍で内臓をめった刺しにした黄金の兜の獣人からも。
大事な時に現れてイチイチ邪魔をするニウからも。
ここまで俺を追い込んだ冒険者とかいう奴からも!
もう少し……
もう少しだけ待ってろよ……。
この気運を全部アビスで吸い込んで俺の物にしたら、
また牙を立てて喉を噛み千切ってやるよ。
ドッグヘッド (DogHead)
また、目の前で同族の体が弾け飛んだ。爆発音が残した耳鳴りは、しつこく両耳にこびりついた。
地面の鳴りに耐えられず跪いたが、目を見開いて風を切り裂いた奴の位置を把握する。
「この程度とは、がっかりだな」
低い声に向けて耳を澄ました。薄く笑っている。それもそうだろう。
黒い目ほどの大物が逃げた獣人一人を捕まえるために自ら乗り出したという噂を聞いても、私は信じなかった。
奴はそのすべての過程をただ楽しんでいるのだ。
かろうじて形の残った死体を選んで目玉をえぐり出し、ガラス瓶に入れて炎の明かりに照らしてみる。
私は体に残る魔力を絞り出して伸ばした手で投げつけた。
弾かれたように飛んで行った力は奴の目前すれすれを通り過ぎ、すべての力を使い果たした私の体は反動で後ろに転がった。
でも、成功。奴が近寄って来る足音が聞こえる。髪を鷲づかみにする手の力が、首筋の感覚をピリピリと呼び覚ます。
「魔力を使う獣人か」
「……役に立つわよ」
真っすぐに見つめた黒い目の深淵に、血に濡れた歯をむき出しにして笑う私の顔が映った。サルポザはそのまま地面に私を放り出し、
背中を見せて遠ざかって行った。間違いなく、気に入ったんだろう。
「ドッグヘッド様、スニフ=ケイ様が……見つかりました」
長いため息が、現実の風景を呼び覚ます。無能そうな末端の組織員がぼうっと立っているせいか、散らかった執務室の風景が一層粗末に見えた。
「死体になったってことね」
「それから、ヒカルドは……」
「その名前はもう必要ないわ」
サルポザ様に合わせる顔が無い。役に立つと思っていたのに。また押し寄せてきた過去の記憶を振り払うため、最後の一滴をごくりと飲み込む。
差し出す駒がないならば、自ら駒になってその手に握られよう。
「幕舎に行くわ。サルポザ様への贈り物を用意しないと」
魔剣バキラ (Demon Sword Bakira)
馬鹿な奴め。一瞬でやられるとは。
狂ったように暴れた奴の体は一瞬で冷たくなり、強烈だったアビスは消滅してしまった。
もっと早く体を食うべきだった。そうすれば、こんなクズのような結果にはならなかったはずなのに!
1日に何十回も肉を貫き吸い取る血の量は十分だったし、もうすぐ望む者を手に入れられると思っていた。
奴なら可能にしてくれると思った。でも、失敗だった。
すべてが狂ってしまった。このまま地面に打ち棄てられたまま、また長い歳月待ち続けなければならなくなる。
だが、奴の死体と共に回収された。
人間と言うには怪しすぎる黒き者は、
奴のアビスがあった場所にためらいなく私を突き刺し、アビスの気運を吹き込んだ。
おかしくなるほど強烈な気運が一気に押し寄せる。
奴から得ていたものとは次元の違う濃度と溢れるほどの量!
「全部食い尽くせ。バキラ。それが望みだろう? ハハッ!」
おかしな者の言うとおりだ。
これなら可能だろう。
奴の死体を食い尽くし、新たな肉体を作ることができる!
これまで渇望していた新たな肉体を!
白錆のシスレー (Sisley, the White Rust)
命からがら逃げだしたシスレーは怒り狂っていた。
長い時間をかけた研究の結果が、一瞬で崩壊したのだ。
このためにどれだけ多くの時間を隠れて過ごして来ただろうか。
その末に手に入れた、究極だと思われたあの結晶!
だが、長くは続かなかった。
背中を押されるように向かったブロンクスで奴に会った瞬間、すべて燃え上がってしまったのだ!
このまま止まることなんてできない。止まってはいけない。
究極の真理のために、禁忌を越えた。
自分を含めてあらゆるものを犠牲にした!
ここで立ち止まれば、何もかもを否定されてしまう。
今度こそ、完璧なものを作らなければ。
だれも犯すことのできない禁忌を犯し、さらに大きな真理へと向かうのだ。
必要な物が多すぎる。
まずは……そう、“あれ”があった。逃げた“あれ”。
みんな、行こう。材料を取り戻す時が来たよ。
シスレーの子供たち (Sisley's Children)
ヒーホーヒーホー/ ヒーホヒホ~
失敗なんて考えないで/ 一生懸命コンコンコン
気取ったネコを改造する? / 大きな雪だるまを付けてみよう。
メラメラしてるカボチャに剣を刺して/ 輝く虫を縫ってみよう。
怖がらないで、いつものこと/ みんな合わせれば敵はバイバ~イ
ヒーホーヒーホー/ ヒーホヒホ~
-シスレーのつぶやき
白色のタゴール (Tagor, the White)
「タゴール、勝った。タゴールの物」
「どうして? タゴール、正しい。聞かないなら、殺す」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺すのぉぉぉぉ!!」
叫びは闇が飲み込み、残った意志は殺気となってそこに残る。
欲望と恥辱、妬みと侮蔑のしこりが全身の感覚を奪い、
頼れるのは耳慣れない金属のこすれ合う音だけ。
キラキラ光る物。冷たくて尖っているけれど、とても硬い物。
渇望していたすべてを胸に抱いた少女は、白い衣に包まれて閉じていた目を開く。
「……ブースター、オン」
“フェイス” ベルナルド (Bernardo, The Face)
彼は完璧に敗北した。
肉体が破壊され、アビスは力を失っていった。
怒ったが、怒ることができない。
悲しもうとしたが、悲しむことができない。
苦痛を飲み込もうとしたが、できない。
固まってしまった顔の代わりに感情を表していた“顔”たちが消えてしまったからだ。
「ケケケ……すばらしい素材だ。捨てるのは惜しいぞ」
奇妙な老人が彼に近寄った。
彼は手を伸ばして老人の顔を掴もうとしたが、体が言う事を聞かない。
「おやおや……私の顔はダメだ。その代り、他の“顔”をやるぞ。きっと気にいるはずだ。ケケケ!」
彼は老人の言葉を最後に、気を失った。
彼がまた目覚めた時、すべては終わっていた。
失ったはずの顔が戻り、新しい顔も手に入れた。
そして全身から満ち溢れる強烈な力!
以前とは違うこの力ならば、自分をこんな風にした者たちに十分復讐できそうだ。
以前とは体が変わってしまったが、そんなことはどうでもいい。
「また、また顔で……いっぱいにすれば……いいから」
直撃のワーズワース (WordsWorth, the hit-to-kill)
「武器を作っていると聞いた」
真っ暗な実験室の片隅、小さく丸まった背中は何も答えなかった。
ワーズワースは自分の計画の性向があの奇妙な奴隷の手に掛かっていることを想い出し、握っていた拳の力を抜いた。
「鎧が1つ必要だ。アビスの力を抑制できる……」
「ケケケ!」
振り返りもせず、手だけを忙しく動かしていた男が、咳をするように笑った。ここ数日でやせ細っていた顔がさらに貧相になっていた。
「面白い。普通はアビスをもっと強くしてくれと騒ぐというのに。そんな頼みをする奴の事情が実に興味……」
ワーズワースの忍耐力が尽きた。振り下ろした拳1発で奴がいじっていた鉄の塊が、大きな破裂音と共に砕けた。
「お前が誰なのかを忘れるな。さもないと次に砕けるのはお前の頭になるだろう」
「クッ、ククッ……クハハ! いいぞ、実にいい! 戦士にふさわしい鎧を作ってやろう。
その力で何人の頭をぶっ潰すか楽しみでたまらん。ケケケ!」
狂ったように笑う男の顔を見下ろして、ワーズワースはもう1度計画を確認した。
アビスを受け入れるのだ。だが、最後まで戦士として戦う。主君のために、迫りくる啓示の日のために。
「いくらでも見せてやる」
孤独な拳ケパドナ (Kepadonia, the Lone fist)
まだ痛い。両手が燃えてるみたいだ。
「おやおや、こりゃ酷い。油断するなと言ったのに。ケケケ」
黙れ、狂ったジジイめ。首をへし折るぞ。
「アビスが力を失いつつある。ここまで耐えられたのも信じられんくらいだ」
それをどうにかしろと言っているんだ! クゥゥッ……
「言葉にならないほど苦しいようだな。ケケケ。いいだろう。その眼差しだけで十分だ」
クゥゥ……どんどん……力が……抜ける……
「まだ死ぬんじゃないぞ。良い物をやろう。これがお前を救うはずだ。その代わり、前みたいな力は使えんかもしれんがな」
構わん。早く……それを……。
「何だ、構わんのか? さあ、このガントレットを受け取れ。私の力作の1つだ。ケケケ!」
ジゼル・ローガン (Gizel Logan)
予想外の収穫だ。あの女の言った通りだな。まさか、本当に存在するとは!
やはり科学で証明できないものは存在しないなんていう主張はデタラメだったんだ。
使徒が生きる世界とこの世のものではない存在たち! それに、これを見ろ。この豊かなエネルギーの根源、アビス!
全部実際に存在するじゃないか。ケケケ。メルビンの奴が知ったら気絶するぞ!
奴がどんなにすごくても、これは私が先に発見したんだ。絶対に横取りはさせんぞ。
よし、何から始めようか……。新しいアイデアがどんどん湧いて来る!
アビスのかけらで作った武器を改良してみるか?
いや、私を連れてきたカシュパどもを利用してみるのも良さそうだ。
アビスを体に埋め込んで力を引き出した奴ら……実に魅力的に狂った奴だらな! ケケケ!
死にかけた奴らを助けると思って改造するのも良い。何よりも私の得意分野だからな。
それとも……。
そうだ、そうしよう。死者の城で発見した“立派な知識と素材”があった。
聞いたところ、カルテルをつぶした奴もここに来たらしいが……ケケケ……。
ちょうど黒い目も奴を気にしているようだったし、ちょっと身を寄せている立場として主張することはせんとな。
さぁてと……また始めようか?