エピソード
いまアラド大陸で何が起きているのか…
エピソード21.通信
“本当だ!そ…空の上が水で満ちているとは……あれが伝説の海というものか……。”
少女の声は浮かれていた。
それもそのはず、海というのを生まれて初めて見たから。
少女の目を奪ったのは海だけではなかった。
幻のように青い海に包まれている美しい島々…。
海の下に流れる白い雲、遠くから見てもここは生命の力が溢れ出るところだった。
この美しい島々が、数十年もの戦争が繰り広げられた荒れ果てた地だとは信じられなかった。
“本当に美しい……”
少女はあの美しい光景から目を離すことができなかった。
死者の城を命がけで20日に渡って苦労して上ってきた甲斐があった。
首が痛くなるのも忘れてずっとその海を見上げていた。
もちろん、魔界にも海というのはあったがその黒くて臭い汚らわしい海とは次元が違うものだった。
この美しい光景を見つめていた彼女の目に工場で埋まっている島が入ってきた。
そこは他のところとは全く違う風景であった。
燃え上がる溶岩を噴き出す活火山。魔気で満ちている大気と大地、至るところに魔界のモンスターでごった返している異質的な島……。
そこには火を飲み込む者、使徒アントンが転移されていた。
“そんな…あの最悪の使徒がここにいたとは……。
メトロセンターの電力が再び供給されておかしいと思ったが……こんなところでエネルギーを吸い込んでいるとは。”
この時、少女の手の小さな装置からジジジと音がしてある女性の声が聞こえてきた。
“ジジジ……聞こえるのでしょうか?通信状態が良くありません。いつ通信が途切れるか……。”
“あ!今空の上に広がる美しい光景を眺めていました。ここは聞いた話よりも遥かに美しいところです!
最初は死者の城を通って他の世界と繋がるとの話を信じられなかったのに…実はこのように自分の目で見ているにも関わらす未だ実感が湧いてこないです。”
"私も実感が湧いてこないのです。魔界とこのように通信が可能になるとは…想像すらできなかったことですから。”
少女と通信をしているのはあのスラウ工業団地で映像通信装置を管理しているリア=リヒター、天才メルビンの妺であった。
何ヶ月か前から通信装置を通じてよく分からない電子音が受信されるのに気づいたリアはこの電子音が死者の城が観測される日に限って受信されるのにも気づいた。
直ちに好奇心に駆られ、リアはあの電子音を分析し、内容を明らかにした。
内容はこのようなものだった。
「ここはメトロセンター……古代から残っている通信機を使用してお知らせします。
私は’ザ・チェイサーニウ……。魔界から消えた使徒たちを探しています。
使徒たちの行方を知っている方はこの周波数までご連絡を……」
直ちにその周波数まで連絡をしたリアはニウが魔界の魔法使いで使徒たちを追っていることを知り、アラドの状況をニウに伝えた。
リアからの情報でニウは魔界から多くの使徒たちがこのアラドに転移されたのを知った。
全てを破壊して飲み込んでしまう貪欲な使徒たちの悪行を阻止するためにニウは危険を冒して死者の城を上り、次元の亀裂が天界と魔界を繋いでくれるのを待っていたのだ。
“彼女と連絡が取れました!後少しで天界に着くようです!”
リアの声は期待感で浮かれていた。この小さな魔界の少女が使徒アントンを退治できるとても大きな情報を持ってくるとの期待で。
“気を静めろ、子供でもあるまいし…。”
浮かれていたリアを厳しい声で叱ったのはセブンシャーズのフェルールウェインだった。
フェルールウェインはメルビンとは格別な仲で特に電気系統の専門家であった。
パワーステーションの復旧とアントンの弱点を分析するためにスラウ工業団地に派遣された。
“申し訳ございません……。”
“謝ることはない、ただ誤りを犯すのではないかと心配になってな。こんな時こそ気を落ち着かせなければならん。”
“はい…。”
“ところで変だな…先ほどからニウという少女の声が聞こえないが、どういうことだ?”
“本当です!ま…まさか!”
リア=リヒターが恐れていたのは魔界と天界を繋ぐ次元の亀裂がいつ開いていつ閉まるのか分からないことだった。
“頭の上の海が消えている…。次元の亀裂が閉まっている。”
ニウは頭の上で消えている天界の風景をただ見つめているしかなかった。
一瞬にして閉まった次元の亀裂は天界と魔界の境界を引き裂いた。
“閉まったわ…仕方ないか。いつかまた開くことを願うしか……。
とりあえず、ここで過ごしてみようかな?うぅ…またいつモンスターたちが現れるかもしれないからチェイサーで体を守ろう。”
困るのはリアも同じだった。
“通信が途絶えてしまいました。どうやら次元の亀裂が閉まったようです。”
“時が良くなかった…。直ちに彼女の助けを受けるのは難しいかもしれん。
彼女と再び通信ができるまで我々のできることをやろう。
ますはパワーステーションを占拠しているアントンの守護者たちを追い払うのだ……。”
“この前、皇都のメルビン兄様とお話をしたらお兄様がそこで最も勇ましい冒険者たちを送ってくれると言いました。”
“嬉しい報せだ。イートン工業地帯が再び活気を取り戻す日もそう遠くはなさそうだ。”
フェルールウェインは遠くの赤い溶岩を噴出しているアントンをじっと見つめた。
彼の目はいつもより希望で満ち溢れていた。