エピソード

いまアラド大陸で何が起きているのか…

エピソード20.第8章/7人のマイスター

マイスター テネブ(Teneb)は悩んでいた。

マイスター エルディル(Eldirh)…彼女の正体は一体何なのか。

どうして彼女は魔法が使えるのか!彼女は果たして本当に天界人なのか?

そしたら彼女からの数多くのアイディアはもしかするとこの世のものではないかもしれない、くそっ。
一体…一体何なんだ!!

エルディルはいつも最高だった。
7人のマイスターの中でも彼女を追い越す者はいなかった。

研究が壁にぶつかるたびに革新的なアイディアを出すのはいつも彼女だった。
彼女がいなかったらこのゲイボルグプロジェクトは夢見ることすらできなかっただろう。

一方、テネブは彼女の天才的な発想の源は何なのかいつも気になっていた。
それについて聞くと、彼女は “瞑想”のおかげだと言った。
テネブは自分にもその瞑想の方法を教えてくれないかと冗談めかして言ったものの、それをそのまま信じたりはしなかった。
彼女のアイディアというのは突然思いついたものではなく発展された未来の技術のようなものだった。

実はこれまでテネブは彼女を疑っている自分自身を責めていた。
彼女の優れた才能は自分の中で強い嫉妬だけではなく、尊敬、それと慕う気持ちまでも目覚めさせているのを知っていたからだ……。
そのせいで恋人であるジェンヌへの罪悪感で常に胸が苦しかった。
それでエルディルの持っている才能は本物ではないとの幼稚な想像をしながら自分を慰めているのもよく知っていた。

彼はできる限り早く、この混乱を終わらせなければならないと思った。
そのために彼は彼女の才能の正体を確かめてみることにしたのだ
彼女に気づかれないよう、注意を払ってマイクロ監視ロボットをいくつかつけた。
もちろん、このような思いもよらぬことを発見するとは夢にも思わなかった。

魔法だとは!

テネブは真夜中、こっそり研究室から抜けてあてもなく歩いていた。
持ってきたタバコを口に入れた。この10年間一度も吸わなかったタバコだった。

<ふう…三か月ぶりに外で吸う空気がタバコの煙だとは。>

「何をそんなに悩んでいる?
タバコは脳の科学物質の分泌を促進させて創造的なアイディアを浮かばせてくれるんだ」

「どうしてお前の創造的なアイディアのために我々の寿命を減らさなければならない?」

常に言い争いをしていたマイスター ラティとボルガンの口喧嘩を思い出して一瞬フッと笑ってしまったその時だった。

「悩まなくていいぞ。彼女はこの世の者ではないから

威圧的な声、巨大な影。テネブはもう後ろを振り向く前に怯えてしまって言葉すら出なかった。

「な…何……あなたは?」

巨大な影はゆっくりと彼の前に近づきながら話を続けた。

「どうして彼女は魔法が使えるだろう…どうして彼女は私の知らない知識を知っているだろう…どうして私は彼女を愛しているだろう……」

テネブは少し気が静まった。暗殺者なら声をかけることなく殺したに違いない。
落ち着いてくると大きな疑問が生じた。どうして私について知っているだろう?
それにエルディルに関する話は誰にも言ったことがないのに。

「逆さになった都市の蜃気楼を見たことがあるのか」
「……?」

「大昔、華麗なる科学文明を花咲かせたテラという惑星があった。
そのテラが爆発した時、都市が一つ分離され、長年異空間を彷徨うことになってあちこちから乗り込んだ様々な生命体たちの戦いの場になってしまった。
それでみんなはそこを魔界と呼んだのだ。その魔界が数百年前からこのアラド惑星に落着している。逆さにな」

天界人なら魔界に関する伝説くらいは皆知っていた。
もちろん、逆さになった都市の蜃気楼があの魔界という仮説が立証されたことはなかったが……。
こいつはどうして突然私の前に現れ、こんなことを話すのか…もしかして?

「あなたの言いたいのは…。エルディル…要はあのエルディルが魔界人だから彼女の持っている知識は古代テラ惑星の科学とのことなのか……?」

「さすが7人のマイスターの首長と呼ばれし者。そうだ。彼女の名をよく考えてみたまえ

「エルディル…エルディル…エルディル(Eldirh)…まさか…。ヒルダ(Hilder)!!」

使徒に関する伝説は天界でも有名な話であった。
魔界で繰り広げられた龍の戦争でバカルを倒し、追い払ったのは使徒たちだと言われていた。
もちろん、そのせいでバカルが天界に降りてきたと使徒たちを非難する者たちもいたが大概の天界人たちはいつかその使徒たちが天界に降臨し、バカルを退治してくれることを願っていた。

それは天界人たち皆が共に心に抱いている巨大な信念であり、宗教であった。
もちろん、7人のマイスターをはじめとする新興勢力であるメカニックたちは宗教よりは科学の力を信じた。

「使徒が…いや、彼女が使徒ならどうして我々を手伝っている?

使徒の助けは驚きであり、喜びかもしれないが、その理由が分からなかったため、そのまま受け入れるわけにはいかなかった。

「それはお前らが本当に強くなる前に一日でも早く私を退治するためだ」

私を退治…。 “私を” と?

彼は再び目の前の巨体を見上げた。そうだったのか、くそっ。こいつはバカルだ!

「私が馬鹿だった。あなたがバカルだとは。殺すなら早く殺せ、何をそんなに長々と言っている?
いくら私を懐柔しても他のマイスターたちの行方は絶対言えないぞ」

威嚇してみたが無駄であることはよく分かっていた。
バカルが私についてくまなく知っていることから他のマイスターたちも、そしてゲイボルグプロジェクトのことも完全に漏れたとのことか!!後少しだったのに!!

「しばらく我慢してくれ。そのうち死ぬことにはなるが、今すぐではない」

「あなたの言うことなど聞かない…」
「ゲイボルグプロジェクトを中止しろ」
「何?ハハハハハ」

思わず笑ってしまった。
バカルという者がこんなにも突飛すぎる話をする者だったとは。
笑っているうちに自分がバカルとくだらない話などをしているとのことが本当におかしくなってさらに大声で笑った。
ところが笑いで全てを済ますわけにはいかなかった。やはり何か変な点があったからだ。
私について、ゲイボルグについて全て知っているならどうして黙って殺さず私を訪ねてきただろう?

「あのゲイボルグが完成されれば」

バカルの威圧的な声にテネブの笑いは止まった。バカルは一方的に自分の話を続けた。

「…本当に私は殺されるかもしれない。だが、私はそのように死ぬわけにはいかない。
まだお前の種族全体が強くなったわけではないから。それにお前ら7人のマイスターたちすらそれほど強くはない。
ゲイボルグは厳密に言えばお前らが作ったものではない。それは古代テラの科学文明の力によるものだ。
こんな状況ではこの惑星の滅亡を阻止することはできないのだ……」

「滅亡?何を言っている?正気なのか?」

しかし、バカルの話全てがでたらめではなかった。
ゲイボルグを提案したのもエルディルだったし、プロジェクトが煮詰まる時の解決策を考え出したのもエルディルだった。
そう…それはエルディルの成果だ。エルディルが本当にヒルダだとしたら……。

今すぐじゃなかったらいつ私を殺すのだ?

「お前らの研究を後世に譲る準備のでき次第」
「後世?それが何の意味がある……」

テネブは問い返そうとしたが、それは実に大きな意味を持っていると悟った。
全てを知っているバカルがその気にさえなれば全ての成果を消すくらいは簡単なことなのにそれを残すと?

「それは後世の人々が我々マイスターたちの成果を分析し、自分たちの技術として吸収できるようにしてくれるとの話なのか?
ゲイボルグでなくてもすぐあなたを退治する技術を生み出すかもしれないのに?」

「それこそが私の望むこと。ところでお前が思う “すぐ”というのはかなり長い時間になるだろう……

「結局、何をしろと言っているのか、バカル」
「そろそろ私の話を聞く準備はできたのか?」

バカルは淡々とこれまでの話を聞かせてくれた。龍の惑星、ヒルダとの出会い、魔界というところ、使徒、ルークの予言、そしてヒルダがやろうとすることと自分がやろうとすることを。

テネブは黙ってじっと聞いていた。ようやくバカルの話が終わるとテネブが静かに話し始めた。

「この全ての話の証拠というのはエルディルが魔法を使えることしかないじゃないか。
だが、私が信じるか信じないかはあまり重要なことではないだろう。とにかく、あなたはゲイボルグプロジェクトを中止させるからな、そうだろう?」

「図星を突かれたな。私がお前にこのような話をするのは先ほども言ったが、お前らの研究成果を後世に残せる機会を与えるためだ。
もし、断れるならばお前らと共にこれまでの成果も全て消し、再びお前らのような者たちが現れる時を待つ。
実は百年前くらいにもお前らくらいではないがかなりの成果を出した奴らがいた。残念ながら奴らは私の提案を断って跡形もなく全て消えてしまった。
お前らの成果は素晴らしくて勿体ないが、お前らの種族もある程度は成長してきたから今度は数十年くらい待てればいいかもしれん。大した損害ではない」

テネブは自分に選択する権利がないとよく分かっていた。ならば……。

「いいだろう。そしたら頼みが二つある」
「言いたまえ」

「私は死んでも構わないが他のマイスターたちは助けてくれ。生き残った彼らにその計画を実行させればいいじゃないか」

「そうするわけにはいかん。お前らはできる限り、悲惨で壮絶な最後を迎え、後世に大きな伝説として残らなければならん。そうなれば人々は熱意を燃やすのであろう。とても悲劇的な演出が必要なのだ」

「ならば……クリオ一人でも生かしてくれ。我々の成果を後世に教えるに最も適した人物だ」

「いいだろう。代わりに彼が生き残って成果をまとめることならお前ら皆に多くの時間を与える必要はないだろう。後もう一つは?」

「ジェンヌ…彼女は私の子供を身ごもっている…もうすぐで生まれる、どうか助けてくれ……」
「人間とは不思議な動物だ。自分が死ぬのに自分の子供の命を守ろうとする。理解しがたい」

「そしたらこれはどうだ。ある日突然あなたがマイスターたちを殺し、ゲイボルグを壊したら後世の人々はあなたの情報力に怯えて何も始められないだろう。
それなら私が裏切り者を演じる。本来であれば成功できたはずのプロジェクトだったが私の裏切りで全てが水の泡になったと……そうすれば後世の人々は恐れず試みてみるだろう

「良い考えだ。お前の子供は生かしてやろう。他に頼みはないのか…?」

ないわけがないだろう。我々を苦しめるのを止めてこのまま消えてくれ、バカル!

「頭が複雑だろう。だが、早く決めた方がいいぞ。お前に準備する時間を3日やる」

バカルが空高く飛んで行き、もう見えなくなったにも関わらずテネブは微動もせず呆然として空をじっと見つめていた。
彼の口には火もつけていないタバコだけが寂しくくわえられていた。

バカルは正確に時間を守った。

マイスターテネブはこの全てが自分の裏切りによるもののように見せかける証拠を残し、突然消えて誰もいないところで自ら命を絶った。

マイスターボルガンは未完成のゲイボルグに乗り、激しく抵抗してゲイボルグと共に壮絶に命を落とした。

マイスターラティは度重なる喫煙と過労状態でバカルの手によってゲイボルグが破壊されるのを目にし、その衝撃に耐えきれず血を噴き出しながら死亡した。

マイスタークリオはバカルの侵攻から辛うじて逃げた後、ゲイボルグの残骸を集め、異空間に封印してこれまでの全ての研究結果をまとめて後世に残した。

マイスタージェンヌはバカル軍の侵攻によってプロジェクトが失敗するとその衝撃で早産になったが保養中に全てが恋人のテネブの裏切りによることだと知り、絶望に陥ってオードリーに子供を預けて自ら命を絶った。

マイスターオードリーはプロジェクト失敗後、クリオを手伝っていたがある日ジェンヌの子供を連れて突然姿を消した。

マイスターエルディルはバカル軍の侵攻二日前から行方が分からなかった。

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