エピソード
いまアラド大陸で何が起きているのか…
エピソード20.第5章/龍の戦争
「生命水を独り占めし、魔界を支配しようとするとは、
そうさせるわけにはいきません。バカル様」
「魔界を支配する…。
それがこの大勢の支援軍が集まった理由…になるのか?
さすがだな、ヒルダ。爆龍王ならあり得る話だしな」
「いくらあなたでもここにいる使徒たち全員を相手するのはできないでしょう。
あなたらしくないです」
「そうだ。元々使徒たち全員を相手する意図ではなかったから。
まあ、私が動き出す前に君が私よりも先にあの使徒たちを君の味方につけたのではないか?
私が生命水を手に入れられたならば今よりももっと面白いことが起きただろうにな。
だが、私は特に何もやってないのにここまで迅速な対応をするとは実に感心したぞ、ヒルダ」
「お互い力を無駄にすることなく、大人しく降伏してはいかがですか。
いつかまた魔界が他の惑星に落着したらそこで自由にしてあげましょう。
お望みなら龍の惑星に帰すこともできます。
もちろん、その時まで大人しく縛られていればの話ですが」
「君は今魔界が落着しているこの惑星を決して離れないだろう。そうだろう?
もう数十年も動いていないではないか…。
ここが計画を実現させるあの惑星ではないか…?私は編せないぞ」
余裕ぶって反論しているバカルだったが、状況は明らかに良くはなかった。
ヒルダと魔法使いたち、そして何よりも相手するのが容易ではない使徒たちに囲まれ、逃げ道がなかった。
空中はヒルダの魔法陣によって遮られていた。
<私が創造した竜人たちは皆死んだのか?いるとしても使徒たちを
相手するのは難しいだろう。これは参った…。>
バカルはルークの建物で見た、燃やされて苦しんでいる龍の絵を思い出した。
このように虚しく死ぬしかないのかと思った瞬間、ある考えがバカルの頭をよぎった。
「ところで…何度も降伏しろと言われたのが先から気になっているが。
私を殺す機会は絶対あったはずなのに殺さなかった……」
「まだ私に慈悲というものが残っているのかもしれません」
「“我々が我々を死に至らせない…” “我々が我々を死に至らせない…” “我々が我々を……”」
バカルは自分の独り言でヒルダの顔が微細に歪むのを見逃さなかった。
彼は自分を囲んでいる全員を素早く見渡しては大声で叫んだ。
「そんなはずないだろう…君のあの遠大な計画をぶち壊すかもしれない者を、
殺せる時に殺すしか方法はないと思うが…」
突然のことだった。バカルは最後の言葉がまだ終わってもないのに飛び上がり、
一回大きく羽ばたいてカインに向かって全速力で突進した。
バカルの長い口笛が響き渡った。
バカルを囲んた壁の中でカインが守っていた方だけが群れを作らずカイン一人で立っていた。
当然のことだった。彼は絶対強者なのだから!
カインは自分に向かって飛んでくるバカルを見て右手を上げて力を集めた。
全大地が振動し、周辺の軽い物体はこれに耐え切れず渦巻きながらあちこちに飛ばされた。
一方、バカルの長い口笛はいつの間にか気合いに変わっていた。
バカルがカインにぶつかる直前、カインは力を集めていた右手を振り回そうとしたが一瞬表情が固まって止まった。
そして瞬間的に自分に向かって全速力で飛んでくるバカルを一度見ては迅速に体を回転させ、バカルを避けた。
それは逃げ道を作ってあげたことになり、バカルはそのまま遠くて見えないところまで飛んで行ってしまった。
一瞬にして起きたことで全員反応すらできなかった。
ただただバカルが飛んで行った方向を、そしてカインを、そしてヒルダを交互に見ているだけだった。
カインも自らの行動が理解できないようで自分の右手を何度も裏返していた。
「追撃しようか?ヒルダ?」
イシス=フレイだった。彼は集まった者の中で唯一空が飛べる者だった。
ヒルダはバカルが消えた方向を静かに見つめてはイシス=フレイに声かけられ、ようやく口を開いた。
「いいえ、フレイ様。
あれくらいの速度ならいくらフレイ様だとは言え、遅れて発つことになるので追いつくのは無理でしょう。
それにこの魔界にはもう行き場はないので魔界の外に逃げたに違いありません。
今日は彼の最後の日ではならなくなりましたね。
しかし、彼の限りない欲望は結局彼を破滅に導くのでしょう。
今日はこのまま退くことにしましょう。皆様お疲れ様でした……」
ヒルダはこの日も泣いているような顔をしていたがこの時だけは喜んでいただろう。
長年彼女が夢見たことへの第一歩を踏み出したから。