エピソード
いまアラド大陸で何が起きているのか…
エピソード20.第2章/七つの光色
魔界。
実に興味深いところだった。
魔界には光は存在しなかった。
当然のことだ。異空間をただ彷徨っている小さな惑星の欠片だったから。
しかし、たまに魔界が太陽の存在する惑星に落着する時があった。
そんな時は外部世界との空間が開かれて光が少しずつ魔界に屈折して差し込んできた。
屈折した光は七つの光色に分かれ、空を彩った。
この時だけは魔界がこの宇宙のどの惑星よりも神秘的なところになった。
闇だけが存在していたこの世界はこうしてたまに償ってもらっていたのだ。
光が魔界を照らす時、私は魔界の至るところを悠々と飛び回った。
見えるものがあると飛び回るのも楽しくなるものだ。
だが、美しい光が差し込むからと言って現実まで美しくなるわけではない。
あちこち醜く壊れていく建物の間に名も知らぬ死体たちが腐っていた。
壁に付いている数多くの血痕はあの死体たちが残した、いわゆるこの世の最後の指紋のようなものだが、彼らの期待とは裏腹にどれほど壮絶に血を噴き出して死んだのかで生の価値が付けられたりはしない。
残念ながら血の色は七つではなくたたの赤い色。
あちこちで様々な生命体たちが群がって激しく戦っているのが見えた。
彼らはあのように生きているのが-いや、死ぬのが-特別ではないとなぜ気づいていないだろう。
名も知らぬ死体になるためにあんなに苦しみもがくとは。
しかし、私は知っていた。彼らが目指しているのはもう決まっている。
彼らは自分自身が“使徒”であることを望んだ。
宇宙中から魔界に集まった様々な生命体たちの頭を下げさせるたったーつの名。“使徒”。
恐怖の象徴、称賛の対象、そしていつからか人々が私を称して呼ふ名前。
“使徒 バカル”
人々の目に映る私の色もまた、七つではなくただ赤色であったのだ。
使徒と呼ばれる者は私以外にも何人かがいた。私は彼ら一人一人を注意深く注視していた。
彼らの実力は把握し切れていなかったが、
驚くことに彼ら全員からヒルダから感じられたあの気運-私とも同じ気運が感じられたのだ。
おそらく彼らも私からそれを感じただろう。
使徒とは言え、私は彼らのことを大したことではないと思った。
だが、その中でたった一人、無視できない人物がいた。
彼を思い出すたびに体中に目を背けられない恐ろしい戦慄が走った。
彼が持っている強さの深さを私の力では到底測ることはできなかった。
生まれて初めて死が恐ろしくてたまらなかった。
彼の名は[カイン]と言った。
今後使徒と呼ばれる者たちと戦わなければならないだろうか?
実は“使徒と呼ばれる者たち”と言いながらも私の頭の中ではカインと自分が戦う場面を繰り返して描いていた。
その戦いはいつも彼の手によって私の体が切れ切れになって終わったのだ。
魔界。ここには確かに何かがある。ヒルダが異空間のあちこちを回っては“使徒”たちをここの魔界に呼び寄せている。彼らは皆私と似ている理由でここに乗り込んだだろう。運命的な導き。そう、それは一体何だろう。
ヒルダは何をしようとしているのだろう。
だが、私は焦ってはいなかった。
私が運命を避けない限り、運命もきっと私を避けたりはしない。今はただ待つしかないのだ。
魔界に七つの光色が差し込む日は、決まって新しい強者が外部世界から魔界に乗り込んだことを意味する。
今日乗り込んだ者は他の使徒、それともまたもや再び路地裏で静かに腐っていく名も知らぬ青二才、どっちだろう。