エピソード

いまアラド大陸で何が起きているのか…

エピソード18.勇士たちの祝祭

ヘンドンマイアの南。
ミラン平原近郊に位置した静かな田舎の村には
いつの間にか灼熱の太陽が照りつけていた。
ベルマイア公国のほとんどの食糧を
まかなっているミラン平原の畑の溝の間を
いたずら気溢れるちびっ子が息もつかず走った。
家が近くなるとちびっ子は跳ねあがっては大声で叫び始めた。

「お父さん!お父さん!大変ですよ!
今あそこの大通りに大勢の人だかりができています」

灼熱の太陽の下で牛もなく、一人で畑を耕していたみすぼらしい格好の農夫は汗を拭いて遠くから走ってくる息子に言った。

「はは、その道は都市に繋がる道ではないか?
そこに大勢の人々がいるのは当たり前のことなのに何を騒ぎ出すのか?」

いつの間にか農夫の目の前まで走ってきたちびっ子は息を切らして言った。

「そうではなく、何だかとても強そうな人々が列を作って並んでヘンドンマイアに駆けつけていたんです。何か大変なことが起きたに違いないです。
だから僕たちも行ってみましょう、お父さん。こんなことしている場合ではないですよ!」

「お父さんはそんな暇はない。もう日がこんなにも高くなっているじゃないか。
今日までにこの畑を耕さなければ穀物が全部枯れて死んじまうぞ」

農夫が跳ね上がって騒ぎ出す息子に静かに言い聞かせても益が無かった。
ちびっ子はむしろ農夫の腕を引っ張りながらさらに騒ぎ出した。

「もう!畑などどうでもいいですよ!早く行ってみましょうよ、早く!」
「お前どうしたんだ?あれ?…あれ?……」

空高く吹かれる色とりどりの紙切れ。声高く客引きをする商人たちの叫び。
息子に強引に連れられて着いたヘンドンマイアの広場はいつの間にか賑やかな大勢の人々たちによって祝祭一色に染まっていた。

「お父さん、来てよかったでしょう?たまには畑仕事を休んでこんなところを見物するのもいいでしょう。僕はこうゆうの初めてです。
わあ~あの人たちが持っている剣を見てみてください!本当に格好いい!」

畑の穀物が心配で嫌な顔はしていたが、農夫もまた久しぶりに浮かれる気持ちを隠すことはできなかった。

「そうだな。たまにはこんな活気溢れる雰囲気も悪くはない」

農夫は息子の頭を撫でてあげようと手を上げた。
しかし、息子は格好いい服装の冒険者の後について遠くに走って行ってしまった後だった。
呆れたように頭を振っていた農夫の目にふと掲示板に大きく貼られた告知が入ってきた。

“帝国皇帝の令を知らせる。
これまで帝国の平和に貢献してきた冒険者たちの功を褒めたたえるために勇士たちのための盛大な祝祭を開催する。
今回の祝祭は、過去、デ・ロス帝国ペルロス帝国の偉大なる魂たちを祀る意味として、
参加者たちをそれぞれの勢力に分けて最後の戦争を再現する。
勝利した勢力と誇らしい成果を出したギルド、個人にはそれにふさわしい報酬が与えられる。
興味ある者たちはヘンドンマイアに派遣されたベオルカロウ
グラムリングウッドを訪ねるように。”

「勇士たちのための祝祭……
そうか、特に冒険者たちが大勢いた理由がそれだったのか」

農夫が告知に視線を奪われていた間、広場に設置された凱旋門のような巨大な建物の方に立っていた白髪の軍人が農夫を発見しては近づいてきた。

「あれ?…君は…もしかして?」
「うん?君は…べ…ベオル?ベオルカロウ?」

農夫が白髪の男の名前を呼ぶと隣にいた金髪の青年が険しい顏をした。
しかし、白髪の男は気にしていないようでむしろ農夫に嬉しそうに挨拶をしてきた。

「はは、そうだ。ベオルさ。本当に久しぶりだな。で、鬼手の調子はどうだ?
軍隊も辞めてこれまでどう過ごしてきた?」
「俺はまあ…今はただの農夫なのさ。君はまた帝国軍にいるようだな。
告知を読んでみたら何かの祝祭が開催されるようだが。そんなに素敵な制服まで着ているとは、皇帝もかなりの力を入れているようだな」

青いマントを身にまとった金髪の青年は農夫の話が終わった途端、
いきなり農夫に襲いかかった。

「皇帝?皇帝陛下と言え!この無礼な老いぼれが!」

ベオルが素早く手を上げて青年を阻止した。あまりにも自然なベオルの対処に金髪の青年は息を荒くしながら元の場所に戻った。

グラム!慎め!何回言えば分かるのか?
申し訳ない。こいつはまだ若くてすぐカッとなる……」

グラムを落ち着かせようとして乱れてしまったベオルの赤いマントの下に数多くの勲章が太陽の光で輝いていた。

「とにかくすでに告知を読んだわけだし、君もだいたいは分かっているよな。
今回、皇帝陛下の勅令によって300年前の鬼神の戦闘を再現する模擬戦争がカンティオンで開かれる。
俺とグラムは、ギルドを相手に各勢力の加入手続きを行っている。
祝祭が開催されると冒険者たちをカンティオンまで送るのも我々の任務さ。
どうだ?君も一度挑戦してみないか?今回の祝祭はその規模だけに物凄い報酬がもらえる。
昔の君の実力なら十分名を馳せられると思うんだが」

「ふっ…面白そうだな、そのように評価してくれるとはありがたい。
しかし、元々なかった実力ももう完全に失ってしまってな。
そして皇帝が何を企んでいるのかと思うと」

グラムの顏が再び怒りで赤くなった。
ベオルは興奮したグラムに背を背けて農夫の肩に手を回してささやいた。

「俺も実はそれが気になる。とりあえずは命令に従ってはいるがやはり怪しい。
俺の考えでは最近国民たちの間で流行っているグリムシーカーという宗教団体を処理することと関係があるのではないかと」

ベオルの話を聞いた農夫は少し驚いた。
グリムシーカー……。
一介の宗教団体に過ぎなかった群れが、いつの間にか皇帝が牽制する程の勢力にまで成長してしまったのか。
そして皇帝はそんなことになぜ軍隊を派遣しないのだろう?
様々な疑問が農夫の頭の中を回り始めた。
ベオルは突然農夫の肩を叩いて話題を変えた。

「まあ、深刻なことは後で考えてもいいだろう。とりあえずは祝祭を楽しめ。
今日、このように君にまた会えるなんて、やはり使節を自ら願い出て大陸を回っていた甲斐があった。
しかし、今は忙しくて再びあそこに戻らなければならん。
残念だが、今度ゆっくり話そう。
もし、気が変わったらいつでもここへンドンマイアにいる俺とグラムを訪ねてくれ。
あ、その前にまずはギルドに加入しなければならないが。
では、待っているからな、友よ」

その日の夜。山の鳥も眠ってしまった闇の中で農夫は食卓に座って考え込んだ。
食卓の上には旅用のかばんと布で覆われた、棒のようなものが置かれていた。
一日中、走りまわり、疲れ切って眠っている息子の寝息だけが台所の重い
空気の中で聞こえてきた。

「勇士たちのための祝祭…勢力戦……。
ふっ、仕方ないな。
名誉や陰謀など…もうどうでもいいと思っていたのに……」

農夫は棒形のものを覆っていた布を外した。
鋭い刃が月光に照らされて青く輝いた。
しばらく気を取られたようにその煌びやかな光彩を見つめていた農夫は開いていた扉の隙間から見える息子に視線を移した。
まだ幼い息子。母親なしで育ったが、いつも元気で明るくて、必ず勇ましい冒険者になると言っていた息子。

「すまない、息子よ。
父はこの祝祭の向こうにある何かが気になって仕方ない。
いつかお前も大人になればこの父を理解する日が来るだろう。
お前に誇れる父になって帰ってくる。その時までしばらく待ってくれ」

農夫は決心したように起き上がった。
興奮のせいか恐れのせいか剣を握りしめた手が微かに震えていた。
玄関前で彼は最後に息子の部屋を振り向いて見つめた。
そしてすぐ断固とした態度でヘンドンマイアに向かって歩き出した。
遠くへンドンマイアの上空を覆った魔法陣はこれから訪れる新たな冒険を、自ら祝うように華麗に揺れていた。

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