エピソード
いまアラド大陸で何が起きているのか…
エピソード16.モーガンの日誌
メイア暦四年。アラド暦九九五年。
一.
やがて私の故郷、ノイアフェラ近くに到着した。
この淡くて陰湿な空気はもう私の記憶とは違うものだった。
あちこちに見えるこの怪生命体たちは一体何だろう。
それらのいくらかの服装は、ダークエルフのものだった。
私の同族たちはグールになってからも故郷を離れることができず、
アスライ周辺をうろついていた。
私の家族もその中にいる。
二.
今ダークエルフを統治しているメイア女王は、幼いが賢い方なのが分かる。
しかし、年老いた元老たちが手にしているものに対抗するにはその力はとても微々たるものだった。
私がここで何かを明らかにしない限り再び意味のない悲劇が繰り返されるかもしれない。
もちろん、アイリス様の言う通り、この全てが人間たちの陰謀であるならば、
この世で人間たちの存在が消えるまで命を捧げてでも努力するつもりだ。
シャプロンをはじめとするダークエルフの元老たちは、
きっとこの事件を自分たちの権力を固めるチャンスとして見ているだろう。
ほとんどのダークエルフたちは人間のことを嫌っているため、
数的劣勢にも関わらず人間たちとの戦争を起こしてある程度の成果を出すことができれば
きっと元老たちが手にする権力は永遠たるものに違いない。
だからこそ、彼らの論理を検証する必要があると思った。
では、まず疑問を投げてみよう。一体人間たちがなぜ?
実は最近は人間たちとの関係も悪くはなかった。
宮内魔法使いが人間の大都市に派遣され、魔法を教えながら交流を深め、
ダークエルフのマガタが人間の大都市の空を飛んでいる時代だ。
もちろん、ますます人間たちと円満な関係を築いていくこと自体が元老たちにとってはより早計な判断を強いられる危険信号だったが。
確かに人間たちは何も考えていない存在であることには間違いない。
歴史本を読んでみると人間たちが最も好きなのは領土占領のようで、
彼らはお互いの領土を占領するために同族を虐殺する冷酷で未開な存在だった。
しかし、ダークエルフたちは地下で暮らしているし、
無理に人間たちがその領土を欲しがったりはしないだろう。
それに我々ダークエルフたちは世の中に出て彼らに被害を与えているわけでもない。
しかし、このようなことを考えていると二つ目の疑問が浮かび上がってくる。
そしたらアイリス様は嘘をついたのか……?もし、そうであるならばなぜ……?
三.
ここに来てから何日も経ったが、まだノイアフェラの都市部には行っていない。
あまりにも怪生命体たちが多いからだ。(その中のほとんどは私の同族だが)
ここで死んでは何の意味もない。
明日は隠れ身の術を使用して都市の中に入ってみる。
こんなことになると分かっていたなら、
幼い頃にあった隠れ身の術の授業をもっと頑張って受けたのに。
四.
やっと都市の中に入った。
幸いなことに私の存在に気付く生命体はいないようだった。
ところが、ここにはグールと幽霊たちだけがいるようではなさそうだ。
私が見た群れは確かに人間、そう、人間たちだった!
そしたら本当に人間たちが今回のことと関係があるのだろうか。
五.
今日は一日中、都市の中にいる人間たちの後を追いながら正体を探ってみた。
いくつか分かったことは次の通り。
彼らは皆ーつの組織に見えた。
(またはある宗教のようなものかもしれない。宗教というのは生まれながら心が弱い人間たちが生きていくためには必須の要素だと聞いた)
その組織の名は“グリムシーカ—(Grim-Seeker)”。
彼らの儀式を見ていると、誰かを待っているようだった。
その存在の名はディレジエ。
“ここはディレジエ様から恵みが与えられた場所。”
“我々に力をくださり、彼らを裁く絶対神を迎える準備をせよ。”
ディレジエ…どこかで聞いたことあるような。
六.
伝染病にかかった同族から攻撃を受けた。
私の隠れ身の術は完全なものではないため、ダークエルフとしての理性がまだ残っているグールならば、私の存在に気付くと予想するべきだった……。
このように攻撃されただけでも伝染病は移されるのだろうか……。
家族を殺した元凶を見つけられないまま、虚しく死ぬわけにはいかないのに……。
七.
グリムシーカーという人間組織はとても謎めいていて、危険そうに見えた。
ここで何か大変なことを企んでいるように見えた。
グリムシーカーたちの中でも職位が高そうな人の後を追ってみると、
警戒がとても厳しい場所にたどり着いたが、そこには驚くことに……。
“次元の亀裂”が……!?
この日誌を読んでいるあなたがダークエルフであることを切に願い、
次元の亀裂について説明を加える。
次元の亀裂というのは、現世と共存する平行世界の一種である“異空間”と現世の間に開いた亀裂のこと。
数百年前、我々ダークエルフが偶然見つけてから現在まで、他の種族には知らせず、秘密裏に研究に研究を重ねた末に分かったことによると、
“次元の亀裂を利用して時空間を行き来することができる。”
もちろん、数百年にわたった研究にも関わらず、
我々ダークエルフは次元の亀裂の能力を自由自在に活用することができない上に、
その能力を利用するたびに起こる異常現象を制御する方法すらまだ見つけていない。
この事に関してはダークエルフたちの間でも極秘事項なのであるが、
私は宮内錬金術師という地位により、このような情報を知っていた。
これから次元の亀裂は人間たちにもその存在を現そうとしているのだろうか。
また、次元の亀裂は伝染病とどのような関係があるだろう……?
八.
伝染病にかかって死んだ同族たちを調査していたところ、変なことを発見した。
それは“パープルマッシュルーム”という独特な科学的反応だが、
これは数百年も前、人間たちに迫った“血の呪い”という現象と関係がある。
血の呪いとは、人間たちの古い文献によると、彼らが“偽装者化”される現象が広まったことを意味するが、偽装者というのは同族の血を求める怪物に変異された生命体を意味するそうだ。
“偽装者”の恐ろしい点は、偽装者化されても昼間には外見に変化がなく、
これによってお互い信頼することができなくなり、同族たちの間で魔女狩りが行われたそうだ。
幸い、我々ダークエルフたちは血の呪いにかかれば肌のあちこちが紫色のキノコの形に膨らむ反応をし、正常な者たちとすぐ区別がついたため、
我々は血の呪いから逃れることができた。
そしてこれが“パープルマッシュルーム”という反応だ。
しかし、人間たちの間でもここ数十年間、偽装者を発見したとの公式的な報告は聞いていない。今になって再び人間たちの世界から血の呪いが始まったのだろうか。
血の呪いを制圧したプリーストと呼ばれる者たちは、未だ偽装者たちを抹殺するために秘密裏にどこかで訓練を受けているそうだが、彼らに会えばこの秘密めいた連結鎖の謎を解くことはできるだろうか。
もしこれが再び始まった血の呪いではないとしたら、血の呪いを下した何者か、
または何かとこの伝染病は関係があるという話になるが。
この全ては、やはりあの次元の亀裂のみが説明できそうだ……。
九.
私の体から変なにおいがする。
生臭いけどかぐわしい、致命的な中毒性があるような……。
私は伝染病にかかってしまったのだろうか。
十.
ようやく、少し繋がりが見えてきた。ディレジエと言ったな……。
そう、聞いたことある。
アイリス様が話してくださった九人の使徒の一人だった。
とても興味深い話だったため鮮明に覚えている。
ディレジエは伝染病を広げる使徒だった、おそらく。
そしたら…私の論理は次の通りである。
何者かが次元の亀裂を利用し、異空間を通じて遠くの魔界にいる使徒を大陸に移動させたのだ。次元の亀裂という存在は自らは動かないからきっとこれを操る何者かが存在しているはず。その何者かがディレジエという悪魔を現実世界に送り、実体化させたに違いない。
ディレジエがここノイアフェラに来たのたろうか?
アイリス様は、ディレジエは自分が意図しなくても周辺を常に伝染病の地獄にすると話していた。そしたらノイアフェラ周辺にいる全ての生命体が伝染病にかからなければならない。
しかし、たまに見られる一般の動植物が変わった反応を見せないことから、
今ここにディレジエはいないようだ。あそこのあの人間たちも普通ではないか。
ディレジエは次元の亀裂を介してここに来て、再び次元の亀裂を介し、
移動させられたのだろうか……?
誰がなぜ、地下の小さくて静かなダークエルフ村にふさわしくもない、
その名も偉大な使徒をここに……?
少し馬鹿げているかもしれないが私はこのようなことを考えてみた。
その“何者か”はここダークエルフ村にディレジエを移動させたのではない。
いくら考えてみても世にその存在を現さす、静かに暮らす、すなわち大して威嚇にならないダークエルフたちをわざと動揺させる理由を持っている種族、
もしくは人物は見当たらない。
魔法をはじめ、ダークエルフのみが持っている能力がいくつかあるものの、
もしその力を恐れていたのであれば、ノイアフェラのような小さな村ではなく、
アンダーフットに直接ディレジエを移動させるべきだ。
そうすれば我が種族は一瞬にして滅んだに違いない。
そしたら、このような仮説を立てられる。
その“何者か”は次元の亀裂を介してどこかにディレジエを移動させた。
その過程で偶然、ノイアフェラの方に次元の亀裂が隔たってしまい、
ディレジエの気運の一部が漏れてしまった……。
次元の亀裂の力を利用すると必ず時空間に歪みができ、他のところにまた違う次元の亀裂ができるなどの現象はごく普通の副作用の一つだから。
こんなことを考える間、頭をよぎる単語があった。“転移!”
現在、人間たちの世界は“転移”によって混乱が極に達したそうだ。
初めて転移された怪生命体もまた、アイリス様の話に登場する使徒だったような……シロコだと言ったっけ。
もしかして…この全てはなんかしら関係があるかもしれない……。
全てその“何者か“が企んでいる巨大な陰謀の一環だったたろうか……?
これが本当に緻密な計画の一環だとしたら、これは数百年にわたって実行されているものかもしれないと思い、怖くなった。数百年前の“血の呪い”と、
今ここで共通して発見される“パープルマッシュルーム”現象がその証である。
次元の亀裂……。
長い間、次元の亀裂の秘密を研究してきた我が先祖たちは常に言っていた。
これは神すら隠したがる慎ましい秘密だと、むやみに扱ってはいけないと……。
何者かが次元の亀裂をむやみに扱ったその罰を、罪のないノイアフェラの民たちが受けなければならないとは。
しかし、最も大きな疑問はこれだ。
次元の亀裂に宿った力を利用する方法をしっていたのは、我々ダークエルフのみだった。
果たして、誰がどの様にして数百年間のダークエルフたちの研究結果を圧倒するくらい次元の亀裂について知り、自由自在にその力を利用しているのだろう。
それにまだ我々ダークエルフすら次元の亀裂を利用した空間移動を完璧に成功させる確率は極めて低い。そのためには、想像もできないくらいもの凄いエネルギーが必要だからだ。
それほどのエネルギーを持っている物質は、魔界に存在するという
“テラナイト”以外に明らかになったことはない。
グリムシーカーと呼ばれる人間組織がこの陰謀の主体なのか?
それは違う。
数日間彼らを監察したが、彼らは次元の亀裂の存在と機能について知っていながらも、その使い方までは完全に熟知してはいないようだ。
実は人間たちも最近になって次元の亀裂を発見し、これについて小規模の研究が行われていると聞いた。しかし、人間たちは基本的に臆病なので、我々が解明したことを追い越すためには何倍も時間がかかるだろう。
我々ダークエルフも次元の亀裂の秘密を明かすためにどれくらいの犠牲を払ってきたのだろう。
一体何が起きているのだろう。
十一.
たまに精神がもうろうとし、集中できない時がある。
攻撃を受けた左腕がきのこの形に膨れ上がった。パープルマッシュルーム……。
あの時に伝染病が移されたに違いない。
私はこれからそう長くはないだろう。
私の日誌がこのまま消えてはいけない……。
このまま日誌を私が持っていては
あそこの同族たちによって私の体と共に破れて消えるに違いない。
隠し場所を探すのだ。
十二.
グリムシーカーという者たちはここで単純に宗教儀式を行っているだけではなかった。
一種の実験を行っているようだ。
実験用の人間として見える生命体を次元の亀裂から出てくる“ある存在”(幻影や思念体という表現が当てはまるかもしれない)に露出させる。
その後、その被実験体に包帯を巻き、しばらく放置する。
何日が経つと驚くことが起きた。
包帯を巻いて寝かせておいたあの生命体が寝ていたその場には、
人間の姿は消えて包帯だけが解かれて残っていたが、グ丿ムシーカーの一員の中から変わった服装をしていた者がその前で何かを唱えると、包帯はどんどん人間の姿になって蘇ってくるのではないか!
偽装者を扱った人間の古代文献の中にはこのような一節があった。
“偽装者は地域によって様々な形を取っているが、狼やコウモリ、蜘蛛など人間の身体に動物や昆虫の形をかぶせた形を取るのが一般的である。
しかし、未知の怪生命体のように見える場合も多々あると知られている。
最も独特な場合は形を取らないことだが、この場合、生命体の姿は消えて全ての生命の気運は宿主になったものに吸収される。
一般的に偽装者は昼間は平凡な人間の姿をし、夜になるとその実体を現すが、
この場合の宿主は、昼間には我々の周辺でごく普通に見かけられるものの姿をし、
夜になると宿主になったものが人間の姿をして動き回ると知られる。
黒き聖戦の時、オズマの将軍たちは昼夜を分かたず偽装者たちを操ることができたそうだが、特に本や包帯、服などに偽装者の気運を投影させては敵陣に侵入させ、
これらを蘇らせて軍隊として活用する度肝を抜く攻撃にプリーストたちは深刻なダメージを受け、敗北直前まで追い込まれたそうだ……。
これで全てがはっきりとしてきた。
偽装者と伝染病は生命体に転移されてからの反応は異なるが、
きっとどこかで繋がっている。
鍵は廃墟になった我がダークエルフの村で密かに偽装者を造り出している彼ら、グリムシーカーと呼ばれる人間たちが握っている。
十三.
クロンターはアルフライラ山の入口に人間たちといると言った。
彼を訪ねてここで私が見たことを話しさなければならないのに、私の日誌の隠し場所を教えなければならないのに、それで私が発見したことに続き、誰かがこの恐ろしい陰謀を暴かなければならないのに、どんどん力が抜けていく私は果たしてそこまでたどり着けるだろうか。
十四.
13人の使徒。
グリムシーカーたちが口癖のように唱えるお祈りの一節がある。
“13使徒全員を守ることはできないが、たった一人の使徒を守り抜くことで、
彼が我々を滅亡から救ってくれる……。”
アイリス様の話した通りなら使徒は9人だったが……?
元使徒で後にその座を剥奪されたバカルを含めても後3人が足りない。
待てよ…。
使徒たちは彼らならではの特別な念を持っていると仮定したら、偽装者と伝染病の関係からしてオズマとディレジエの間でも何かしら関係が……?
そしたらオズマと呼ばれるあの悪魔も“使徒”……?
しかし、一体“使徒”という存在が何を意味するのか分からない。
そしてグリムシーカーという人間たちは、なぜ世に混乱だけを招く“使徒”という存在を祟拝し、
これらに救われると確信しているだろう……?
単なる世紀末的な騒ぎだろうか、それとも何か根拠を持っているからなのか。
十五.
もうこれ以上精神を集中させて何かについて考えることができなくなってきた。
髪の毛はどんどん抜け、体の構造も変わりつつある。苦しくてつらい。
もう字を書く力すら残っていない。一日中、ここ隠された洞窟で苦しみの悲鳴を上げることもできず、うごめきながら横たわっている。
私の記憶も一つ一つ消えていく……。
どうか私の家族の顔だけは忘れたくない。
十六.
一日中横たわって死ぬ日だけを待っていると、突然、全ての霧が晴れて、
これまで抱えていた全ての疑問の糸口が見えてきたような気がした!
あ…そうだったのか……。
誰がこのようなとてつもなく恐ろしいことを起こしたのか分かった……。
そんな…そんなはずが!!!
そう、前後とも辻褄がぴったりと合っている…ああ……しかし、なぜ!!!
十七.
もう時間のようだ。抜けた力が少しずつ戻ってきているからだ。
全ての力が戻ってきたら、私は完全にグールに変わるだろう。もう時間がない。
少し力が戻ってきた今、早く日誌を隠して、体と精神が変わってしまう前にクロンターのいるアルフライラ山の入口に走って行かなければならない!
クロンターよ…。
私が君に会う前に力尽きてグールになってしまっても、どうか私を見つけ出してくれ。
腐り果てて醜く変わった肉体に嫌悪感を抱くなら、君を発見しても血反吐を吐くように叫ぶばかりの私に耐えられないなら、君の手で私の命を絶たせてくれ。
代わりに、
君に哀願する悲しみ溢れる眼を、それに込められて流れる血の涙を、
君だけには分かってほしい……。
そして私の日誌を見つけ出してくれ……。