エピソード
いまアラド大陸で何が起きているのか…
エピソード6.第1次魔界会合
「小さな魔法使い様、とてもすばらしい」
その声は、今まで表情を変えずに見ていただけのアイリスのものだ。
片手に楽器を持っているアイリスの姿は魔法使いよりも空から降りてきた天使や、
俗世から離れた吟遊詩人のようだった。
「小さな魔法使い様。ニウと言いましたね?」
「……」
「そうでしたか。ニウ様のような格闘タイプの魔法使いは……確かに新しい。
ニウ様の噂は聞いていましたが、直接見ると想像していたよりもすばらしいものですね。おかげで今日は新しい世界を見ることができました」
鮮やかで美しいアイリスの声は甘美な天上の音楽のように開こえてきたが、
ニウはなぜか全身に冷たい感覚が走った。
「正直、カシュッパのヒカルド様までニウ様に負けるとは思わなかったんです。
これでは私も全力を尽くせねばなりませんね」
ぐっと眼を閉じたアイリスの両手から沸き上がる炎を見ながらニウも集中してチェイサーを集め始めた。
第1次魔界会合は魔界人たちの争いを仲裁することを目的としてアイリスが開催した。
この場で魔界の各集団の代表が戦うことになり、ニウは彼らを次々と倒し、最後に残ったのがあのアイリスだった。
アイリスの手から沸き上がる炎が消えた瞬間、
ニウは周りが暗くなっていくのを感じて空を見上げた。そこには巨大な炎の塊が空を覆いながらものすごい速度で落ちてくるではないか。
ニウは本能的に身を投げ出してその炎の塊を避けながら自分の左腕が焦がされるのを感じたが、体勢を整える前に炎はまた落ちてくる。
今度は空を見上げる暇もなく身を投げ出した。
(集中だ。精神を集中しなければ。気を緩めた時には私は灰になっているかもしれない)
次々と降り注ぐアイリスの攻撃を避けることだけで精一杯のニウだったが、精神だけはむしろはっきりとしていた。
(魔道学士のイキが作り出した装置はすごかったけれども、
完全な物ではなかった。だからわたしのチェイサーが使える隙があった。
サモナーのルムと戦う時は数を召喚される前に制圧した私の作戦が通用した。
暗黒魔法を使うヒカルドと戦うときにも戦闘力だけを見れば私のチェイサーのほうが優れていた。
でもこの淑やかそうに見える女性が使う魔法はどうしても隙が見当たらない……。
天撃でも当てる機会があったら、わたしのチェイサーが使えるはずなのに)
アイリスの魔法は確かに隙がないように見えた。
今度は火属性の魔法だけではなく水、光、暗の四属性が彼女の手から沸き上がってくる。
近くから遠くへ、遠くから近くへ、
狭い範囲から広い範囲まで自由自在に魔法を使いこなす彼女は、
確かに最高のエレメンタルマスターの一人であることを証明していた。
しかし惑わす彼女の魔法を避け続けているニウの動きも、嘆声を上げられるに不足はなかった。
(そう。今だ!)
その瞬間、ニウの姿は残像を残して消え去り、アイリスの後ろから現れると同時に雷のようなニウの叫び声が響き渡った。
「チェイサー、全爆!」
「あっ!」
群衆は声を出していた。あの一言でいくつの名高い魔法使いたちが倒れてきたか。
しかし、目の前で起きたことは予想外としか言えない状況であった。
地面に倒れて苦しんでいるのはアイリスではなくニウの方ではないか。
目の前の驚きと共に、群衆はどこかで甘美な音楽が聞こえてくるのを感じていた。
その音楽は群衆の心の底まで入り込んで彼らの支配者になり、友になり、恋人になった。
どれくらい経っただろうか。厳粛な会議場で決闘場でもあった広場は、いつの間にか夢中になって笑う者、地面にうつぶせになって泣く者、あまりの恐怖に飛び出していく者などで騒然となった。
強靱な精神力で耐えた魔法使いたちのうち、年老いた何人かは何が起きたのかを知り驚愕と共につぶやいた。
「伝説の楽器マレリト……」
時が経つにつれ、音楽は小さくなり群衆の騒ぎも収まりつつある。
相変わらず気を失って地面に倒れているニウと訳がわからず右往左往する群衆の中、アイリスが天使のような笑顔を見せた。